笑激の告白【文福部屋】

魁皇関、お疲れさん

日馬富士の2年ぶり優勝で幕を閉じた名古屋場所。半年ぶりの通常開催の場所は、心に深く残る場所となりました。大関魁皇があと1勝で千代の富士に並ぶ、史上最多勝「1045」の瞬間を見ようと、私は2日目、名古屋へ行きました。お城の緑に色とりどりの力士のぼりがはためいて最高の気分。私は、魁皇の出る東の花道の横に陣取りました。花道奥に魁皇が現れると、何ともいえぬ緊張感。付け人の魁ノ若が大関の腰や太ももを丹念を押さえて「よしー」と土俵に向かう。場内、大拍手。呼び出しの声も聞こえぬほどの魁皇コール。しかし、豪栄道に力なく敗れて連敗。場内はため息と脱力感。でも、その盛り上がりを体感できて幸せでした…。
先代東関親方(元関脇高見山)にお世話になった私は、毎春、大阪市平野区の大念仏寺のけいこ場に通いました。そこには、必ず魁皇がいました。同期の若貴兄弟が二子山部屋でガンガン厳しいけいこをするのに対抗し、やはり同期の曙との必死のけいこでした。けいこが終わり、しばし談笑。「太い力士はアンコ型。細い人はソップ型。ほな、魁皇関は? 福岡のノウガタ(出身地)」と笑わせました。本場所の勝ち相撲を花道の奥で出迎え、握手を求めるとリンゴをひねりつぶすほどの怪力でギューッと握りかえしてくれたことも懐かしい。
最後の力を振り絞り、見事、大記録達成。来場所で大関在位史上1位でしたが、惜しくも引退。結局、ともに苦労した九州男児同士の千代大海とのタイ記録(65場所)で終わったのも彼らしい。後は同郷の琴奨菊が大関のバトンを受け取れば、うれし涙をフクオカ。

読売新聞 大阪本社 夕刊カラー面「桂文福の一番太鼓」より