はっけよい交友録【文福部屋】

文福と言えば大相撲、自他共に認める大相撲愛好家である。幼い頃、内気だった私が中学時代無理やり入部させられた相撲部(荒川中)で、はじめて「勝つ味」をおぼえ自信がつき、その勢いで高校時代(粉河高)は柔道部で活躍する等健全な思春期をおくりました。
大相撲はテレビの草創期から見ており、栃若時代から柏鵬時代には完全な相撲オタク少年でした。

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落語界に入り、師匠文枝(当時小文枝)がおつきあいをしていた佐渡ヶ嶽部屋に出入りさせて頂き、当時新弟子の琴風(後大関・現尾車親方)らと出会うことになります。
やがて超小兵の若高鉄(後十両・維新力)と出会い、以来20数年間兄弟分としておつきあいしています。永らく「維新力関激励会会長」をつとめ、また結婚式の仲人もつとめさせて頂きました。

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また、横綱・曙関の名付け親で知られる大阪四天王寺の「ザ・ちゃんこ萩屋本場所」のご主人萩原常弘氏を「相撲愛好家の師」と仰ぎ、多くの親方衆、関取衆、若い衆との交流も深まりました。
特に東関部屋は創設前より出入りし、後に入門した曙関の出世ぶりは肌で感じることができました。現在も年六場所は必ず「本場所」に顔を出します。(たのまれもせんのに・・・)
また、幕内呼出し幸吉さんを結びで呼びあげる(立呼出し)になるまで応援しょうと「なにわ幸吉会会長」をつとめています。

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こんな相撲好きがこうじてベースボールマガジン社の「VAN VAN 相撲界」に10年間連載し、全国の相撲ファンとの交流も生まれました。後に月刊誌「相撲」では各部屋の情報を集めた「相撲部屋聞き書き帖」のコーナーを手伝ったり、毎日放送ラジオでは「まったなし!!大相撲」を7年半担当しました。

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今はこれらの連載やラジオはやっていませんが、おりにふれ新聞やラジオに単発でゲストで登場したりします。春場所(三月大阪)ではNHKのBS放送の向正面ゲストで解説(怪説?)者として三段目や幕下の取組を、また明日の関取を夢見る若い衆のエピソードやあついメッセージをおくっています。