文福のおいやんストーリー

文福のおいやんストーリー
つく枝改め五代目文三襲名もおめでたいが、今や上方落語界は新弟子ラッシュ。きん枝門下の新弟子に芸名がつき「ちきん」。きん枝の「きん」をもらったわけで「ちきん」だけにトリをとれる落語家になるようちきんと、いや、きちんと修行中。文枝一門は文か枝をもらう。(小文枝時代の小がつく場合もあるが…)孫弟子にあたる三枝一門の連中は、三馬枝、枝三郎、三歩というように三が付き、きん枝一門にはきん太郎いるし、文珍一門は楽珍、珍念、珍々(こらいてへん)、我が文福一門は本来福をつける所だが、春團治系の福團治師ご一門に福がついてるので使いにくい。(もっとも私は福團治師と一門のわくを超えて兄弟分の盃をかわしている間柄)そこで一番弟子が「茶がま」師弟あわせて「ぶんぶくちゃがま」、三番弟子が「まめだ」関西で豆狸のことをこう呼ぶ。四番が「ぽんぽん娘」とても人間の名とは思えない。トホホ…。
二番弟子は「文鹿(ぶんろく)」。彼はうちの一門には珍しい古典の正統派。私と同じく相撲好きだったので最初「ちゃん好」と名付けたが、大師匠文枝に可愛がられ、文枝の本家に残ってた「文鹿」を頂いた。奈良出身の彼にふさわしく、文枝のおやじが極楽寄席へ旅立つ半年前に披露口上で並んで下さった。今また一人、見習いの子が来てるので、どんな名前にしょうか考え中。
角界でも親方の現役時代のしこ名の一字をもらう事もあり、佐渡ヶ獄部屋は全力士に「琴」がつく。若い衆の頃は本名に琴をつけ、田中なら琴田中てな具合。今の大関琴光喜関もはじめは琴田宮、琴将菊関は琴菊次だった。ほな琴欧洲関は琴カロヤン、んなあほな。彼は最初から琴欧洲、ヨーロッパ出身やからね。
学生相撲で活躍した人は本名に愛着があり、出島関、垣添関も本名。あと本名に山だけつけてる250キロの人気者、山本山関。そして私と同郷の木村山関。木村山関は師匠の春日野親方(元関脇栃乃和歌)と同じ箕島高校出身。彼が十両に昇進した時、春日野親方に「二代目栃乃和歌を襲名させたら」と提案したら「私もそう願ってるんですよ」との答え。ところがご本人は「僕なんかまだまだ」と大照れ。春場所、天下の幕内力士としてご当所に綿を飾った木村山関。やはり師匠と同じ三役に番付をあげた時二代目か ! ! あ〜落語のことを書いてるうちに、つい相撲のことになりました。チャンチャン。

「いちもん新聞より抜粋」