文福のおいやんストーリー

文福のおいやんストーリー
皆さんNHKの朝ドラ「ちりとてちん」見ましたか?私も結構はまりました。うちは男の弟子3人そして息子(芸人ではおまへんが…)一番下に女の子の弟子がおりますので、なんやかやとだぶりました。ほな私が渡瀬恒彦さん?んなあほな! !
ドラマは一ファンとして見るだけで出してはくれませんでしたが、いろいろおこぼれの仕事がありました。舞台になった福井県のお仕事で繁昌亭の近くで行なわれた「若狭路横丁」のイベントや福井ぶらんど推進室の方が制作のPRDVDに私が台本作成と出演の二役でかかわる事が出来ました。「考福学」と題したDVDで、内容は福井を考える「考福」ペラペラしゃべってアピールする「口福」お来しになった方々と交流する「交福」そして幸せになる「幸福」。笑う門には福井県! ! みんな元気にワカサを保つ、私と弟子のぽんぽ娘が、越前海岸、東尋坊、三上五湖等で着物姿でロケをしていると、ぎょうさんの人だかり。みーんな「ちりとてちん」のロケとまちがっておりました。チャンチャン。
さてこの「ちりとてちん」で上方落語がさらに全国区になりましたが、30年以上も前から上方落語を愛し続けた男が今年の1月49才の若さで天に召されました。静岡県浜名郡新居町。東海道は新居の関所で有名なこの町で地道に落語会を開いてくれていた彼の名は、岡本幸典。彼と出会ったのは32年前…。高校生ながら浜名湖競艇から「今日亭桂馬(きょうていけいば)」というユニークな芸名をつけ落研だった君が新居町の町民会館で上方落語の会を催してくれたね。鶴光さん、雀三郎さん、今は亡き松葉さん(七代目松鶴)そして私をよんでくれたなー。大阪芸大に入った君は、かけだしの私のアパートに居すわり、よう飲んだなー。
家業のガソリンスタンドを継ぐため故郷に帰ってからは、地元でいろんな寄席を手弁当でひらいたな。しゃいでもの静かな君やったが東京大阪を問わず師匠方の楽屋へはスッととけこめたな。それは心から落語を愛している気持ちが皆に自然と伝わったからやろなー。本果寺さんでの「寺道DE落語会」は君が今、この人の噺を地元の人に聞いてもらいたいと毎回情熱をかたむけていたね。場内の笑いをたしかめ、君は舞台のそでで、一人うれしそうに座っていたな。その会場で君のお葬式、なんでやねん! ! 大雨の中弟子の文鹿とまめだの3人で車で4時間、君に会いに走ったよ。繁昌亭で人気の上方落語全員の名前が染めてある手ぬぐいを君の体にかけたで。これから忙しくなるぞ。極楽寄席では君が愛した名人上手がたくさんおられる。又、会の世話してや。「ちりとてちん」で大ブレイクする前に君がたのんでいた「桂吉弥君の会」幼なじみの仲間達が無事仕切ってくれて大入り満員大成功やってんて。良かったな。日本一周の旅で三若君の会も世話したやろう。4月1日の凱旋報告の独演会に友達の中村君が君の写真をもって来てくれたよ。安心しいや。又会おう、岡本君。合掌。

編集後記
梅や桜の花見もよろしいが、4月になると私のふるさと紀の川平野の桃源郷の桃の花も満開ですよ。それ以上に我々は高座で笑いの花を咲かせましょう。さて、「荒れる春場所」といわれた通り、今年の大阪場所も盛り上がりましたな。両国国技館は大相撲の専用会場ですから、仕度部屋から花道まで両側にカベがあり、力士も土俵に集中出来ますが、大阪は土俵に向かう間に売店の前を通らなあかんし、花道で出番を待ってる横をおぱちゃんが通るわ、酔っぱらいはやじるわ、そら荒れるはずでっせ! ! そこで相撲の技術プラス精神力の強い者が勝つわけで、先場所に続く横綱相星決戦。私はしっかり目に焼きつけました。大一番は朝青龍が意地を見せましたが、その前に十両の土俵で同郷(角界ではくにもん)の木村山関が優勝を決め感動しました。
場所前には親交のある東関部屋や阿武松部屋に弟子達を連れて稽古を見せてもらいに行きました。毎日あんなはげしい稽古をやればもっと噺がうまくなるかなーと私自身も思いました。我々も丸い土俵に負けぬよう四角い座ぶとんの上でお客とがっぷり四ツの真剣勝負をしまっせー。どうかうっちゃりはやめてね。
(編集長・文福)

「いちもん新聞より抜粋」