「桂ぽんぽ娘」で再スタート ! !

「桂ぽんぽ娘」で再スタート! !
3月の寄席情報に「桂ぽんぽ娘」という名前が、よく出てるでしょう。前回(といいましても昨年の11月の一門会の記事)「おさなぎ色」というメイド漫談の女流芸人が私の弟子になった事を書きましたが、彼女が今年の2月から「桂ぽんぽ娘」として落語家として再スタートしたのです。私について各地の落語会や「天満天神繁昌亭」に出入りする度、もう一度きっちり修行して落語の高座に上がりたいとの気持ちが強まり彼女のやる気を感じましたので、師匠故五代目文枝の奥さんや兄弟子の三枝、きん枝、文珍らの了解を得て芸名をつけました。文福たぬきの子供として「ぽんぽ娘」となりました。彼女は浅草で8年芸人をしてましたが落語家になった以上芸人では後輩でも落語家の先輩は兄さん、姉さんとよぶようになりました。今まで「お江戸両国亭」で2ヶ月に1回トークライブをやっていましたので2月21日の会の時に落語初舞台を設定しました。
まず一席目は「おさなぎ色」としていつもの「メイド漫談」お客さまもその筋のファンや常連さんが集まっていました。続いて仲良しの立川吉幸さん、私の一番弟子、茶がま(東京在住)が出て中入り、そして幕があくと名ビラは「桂ぽんぽ娘」。プログラムにも出てないしこれは誰?と、どよめく客席やがて私の嫁はんが落研時代着ていたという30年前のかすりの着物で高座に上がった女の子は「皆さんお初にお目にかかります『桂ぽんぽ娘』と申します。先ほどのよごれの芸人『おさなぎ色』とは何の関係もありません」と大爆笑。「この“ぽんぽ”は師匠文福から頂き“娘”はモーニング娘からもらいました。けっして、かしまし娘ではありません」とマクラをふって日本昔話の連発から『十徳』の一席、サゲを言って頭を下げた瞬間われんばかりの拍手をうけました。
その後、私が一席を演じ、そしてたぬき歌娘の対談。彼女の人生をおりこんだ相撲甚句を唄うと涙、涙、涙。客席には最初の師匠「東京太・ゆめ子」のゆめ子師匠が若い楽屋仲間達と泣いておられ、はじめて娘の芸を見たお父さんと久しぶりのおばあちゃん、お姉さんも感動していました。芸界では「芸が良くなった」「自信がついてきた」時などの事を「化ける」といいます。「ぽんぽ娘」もいつかは大きく化けて、お客さまが腹をかかえてぽんぽこぽんと笑って下さるようがんばれよー。