文福のおいやんストーリー

文福のおいやんストーリー
おかげさまで「落語笑売」として35回目の正月を迎えさせて頂きました。これもひとえに私の努力のたまもの、いや、お客様方のご支援と、心から御礼申し上げます。一昨年は我が師、五代目文枝との寂しい別れがありましたが、昨年、新たな出会いがありました。なんと、私のもとへギャルの弟子が入門しました。新弟子といっても、東京浅草で8年芸人修行をした娘で「おさなぎ色」というちょっとかわったおもしろいかわいい女の子です。以前4人組のコントで「おさなぎ色」として舞台に上がってましたが、現在は1人でメイド姿で「萌ぇ〜っ」と漫談をしています。メイド服の前はセーラー服で高座に立っていて、名古屋の大須演芸場にセーラー服で出ていったら、お客がたった一人、思わずそのお客様一言「チェンジ ! ! 」ってどこか店まちごうてへんか、チャンチャン ! ! 
芸人の基本を教わった「東京太、ゆめ子」師匠から「この子の芸はざっくばらんな大阪向きだから面倒見てやってよ」と私があずかり、現在は浅草の東洋館にもたまに出てますので、東京大阪間を夜行バスで行ったり来たりです。落語の弟子ではないですが、文福一座のふるさと寄席の時等あつくるしいおっさんの間のええ「色もん」になってます。
そんな文福一門が昨秋「天満天神繁昌亭」で一門会を聞きました。タイトルが「桂文福一門ええかげんに師弟会」まちごうても「ええかげんな師弟会」とちがいまっせ ! ! 当日はロビーにまでお客さんが入って頂き、繁昌亭の1日の入場者数新記録となりました。おおきにおおきに。さて内容ですが、開口一番はまめだ。いつもながらのハラハラドキドキの「動物園」。続いて古典の本格派文鹿が「ん廻し」。ゲストに文福一座の千田やすし師の「笑う門には腹話術」。そして一番弟子茶がまが「遠山の金さん版 鹿政談」。古典の鹿政談やのにイレズミTシャツを見せたり、チャンチャーチャーチャンと、紙ふぶきをまいたりと、けったいな落語や……ここで仲入。ここまでのお茶子(座布団を返したり名ビラをめくる仕事)は、うちの嫁はんが30年前の落研時代に着ていた着物を着た「おさなぎ色」。
仲入後、トザイトーザイと幕が開くと、一門の口上、千田師の司会で黒紋付ハカマの正装の面々がズラリ。私はおやじ(文枝)のかたみのハカマをつけました。「文福一門なんてたかがしれてますけど、この連中は天下の五代目文枝の孫弟子というほこりと責任をもってほしい。おやっさんも今夜、極楽寄席の楽屋からしっかりせえ ! ! と見守ってくれてるはずです…」とごあいさつ。続いて茶がまが「私のハカマも亡き師匠の…」私がこけて、大爆笑 ! ! 文鹿は「私と茶がま兄が師匠について歩いてると、武闘派集団と思われたが、最近はその茶がま兄も紙ふぶきでチャンチャーチャーンとやったり、まめだがオロオロしたり、なんや見せ物小屋みたいに…」
最後にまめだが口上ですので皿まわしを…なんでやねん。よその一門にはない形の口上で手締めをし、出ばやしでつないで、私が色紋付に着がえて一席のつもりでしたが、急きょ「メイド姿」で「おさなぎ色」が出て「今から二十数年前、東京綿糸町の場末のスナック『おしゃれ泥棒青い鳥』でうちの母が働いており、その時出会ったのが文福師匠。2人は世間には言えない仲になりその秘密の結晶として私が産まれ…「うそでっせー」と私が飛び出し大爆笑 ! ! トリでは名作、いや迷作の「同窓会」の一席でおひらき。やっぱりええかげんな師弟会でした。文枝師匠ごめんね ! !


「いちもん新聞より抜粋」