| 文福のおいやんストーリー |
| 文福のおいやんストーリー ●「天満天神繁昌亭」の建設構想が持ち上がったのが2年8ヶ月前。私は(社)上方落語協会の理事会や総会、建設資金を集めるパーティー、天神橋筋商店街連合会の会合、「天神祭」の「船渡御」の「繁昌亭船」への乗船(いずれもボランティアでっせ! ! あたりまえやけど…)等にほとんど参加し、いざ工事が始まる「クワ入れ式」そして「地鎮祭(安全祈願祭)」「上棟式」「竣工式」「植樹作業」「消防訓練」「商店街のお練り」「こけら落とし」「テープカット」とすべての行事に出席した。一応協会の理事を拝命し、一門直属の三枝会長の補佐として行動を共にした。たまたま繁昌亭を報道するテレビ、新聞によく顔が出た。あくまで自然体であった。(目はカメラ目線だったが…)。 ●こういう節目に出られたのは、私が吉本興業や松竹芸能、米朝事務所といった大きなプロダクション所属ではなく、フリー(一応(有)文福らくごプロモーション所属)の立場の強みといえる。スケジュールを繁昌亭関連に向けることが出来たからだ。その気持ちが通じたのか、こけらおとし公演に先立っての「プレオープン興業」(9月9、10日) 4回公演の記念すべき第1回公演のメンバーに選ばれ、しかも光栄にも繁昌亭初の主任(トリ)をつとめた事だ。(他の師匠方のスケジュールが合わなんだとか、トホホー) 何にしてもそのメンバー達は大喜び。これからページを重ねる根多帳の1枚目に演じたネタと自分の名前が残るのだから…。 ●9月15日のお練りも感動した。天六の「住まいのミュージアム」を出発して日本一長〜い天神橋筋商店街を春団治師を乗せた赤い人力車を三枝会長がひっぱり、多くのファンのご声援を頂きながら歩いて行くと、一軒のまんじゅう屋さんの軒先に「繁昌亭おめでとうさん! !」と書かれた文字と一緒に、昨年3月極楽寄席に旅立ったうちのおやっさん(五代目文枝)の大きな写真パネルがあらわれ、三枝もきん枝も私もそして車上の春団治師も胸にグッときた。ほんまにあたたかい商店街やな〜。天六 (天神橋筋六丁目) 生まれのおやっさんにも出てほしかったな〜。私もプレ興業の口上の時、おやじ(師匠)のかたみの帯とハカマを着けさせてもらったが、こけら落としの公演で高座をつとめた三枝は、師匠のかたみの羽織を着ていた。落語の世界ってええな〜、一門ってええな〜。 ●そして9月25日からはじまった1週間続きのレギュラー公演も、出番をもらった。こうなったらテレビ、ラジオのスターにはなりそこなったけど、繁昌亭のスターめざしてこれからも笑売繁昌やー。 「いちもん新聞より抜粋」 |