五代目文枝 世界遺産でよみがえる

心を込めた「熊野川」
昨年、世界文化遺産に登録された高野熊野地方。それを記念して地元からの熱意のもと、熊野三山(本宮、速玉、那智大杜)の神々のおつげだと師匠文枝が何度も現地に取材に訪れ創作した噺「熊野詣」。東京、大阪でも上演し、大好評だったが、神の使いといわれるヤタガラスにのり熊野の空を飛ぶ主人公の気分を味わおうとヘリコプターに乗って飛んだほど元気な師匠だったのに…。「熊野詣」のもう一つの約束は、世界でも珍しい川下りをしながらの参詣道となる熊野川町(今年10月1日より新宮市と合併)の道の駅に「世界遺産 熊野川」の記念碑を建立し、その「熊野川」の文字を師匠が書くことだった。師匠は病床でこの地への思いを込めて心から「熊野川」の三文字を書いたがこれが絶筆となった。
4月16日の除幕式には地元の有志、ロータリークラブの方々、和歌山県知事、新宮市長、熊野川町長らと共に文枝夫人の長谷川君枝さん、実弟の長谷川多聞さん、ご子息の智之さんが遺影をだき、門弟を代表して文福、文也が出席。晴天のもと、樹齢250年の熊野天然杉の立派な碑が披露された。その後、新宮市民会館大ホール満員の観客を前に、師匠が大画面で出演し「熊野詣」の一席、その前に文也が挨拶し、君枝夫人を紹介。和歌山県出身の弟子文福が、相撲甚句「熊野と文枝」を熱唱。師匠の出ばやしと共にさがって来た文福を迎えた奥さんやお身内は涙々。この名作「熊野詣」を一門で誰かが受け継ぎたいが、ずっと師匠の取材の御案内でお供して下さった新宮市役所の鈴木氏(落研出身のアマチュア落語家)がすでに覚えているとか…。たのむわ ! ! 先にやらんといてけえ ! !






追善一門会決定! !
師匠文枝が極楽浄土に旅立ってから三枝、きん枝、文珍をはじめ各自それぞれ落語会でおやっさんの十八番を演じるなりして追善の気持ちをあらわしているが、11月3日にワッハ上方にて「五代目文枝追善一門会」を行なう事が決定! !  それに先立ちワッハの展示ホールで9月の下旬から「桂文枝展」も開催される予定。詳しい事は次号で。


夢が現実に! !
上方落語家の悲願である落語定席「天満天神繁昌亭」(来年5月開席予定)がいよいよ現実味をおびてきた。すでに地質調査も終わり、8月には着工、地鎮祭も行なわれる。寄席の興行の目玉として真打披露等で華やかにしようと「真打制度」の話が出て各マスコミを賑わしたが、東京のように入門してからのスタートではなく、現在ではなかなかまとまらず凍結となった。階級にとらわれずおもろい者がどんどんチャンスをものに出来る大阪らしさを守るということか。その代わり繁昌亭に向けて(社)上方落語協会にも、ユニークなグループが次々と誕生している。「色もん会」に続き、露の都さん、桂あやめさんらの女性部は「上方笑女隊」と名付げられた。


「色もん会」旗揚げ公演大成功
落語と落語の間に一息入れる楽しい芸、落語や講談は墨で演者を書くが、漫才、曲芸、手品、紙切りなどの芸人の字は朱色で書いたところから「色物」とよばれる。繁昌亭が始まれぱ絶対必要な色物。そこでまずは内輪でと集めたところ、協会内にも芸達者が多かった。米八師の曲ごま、団四郎師の百面相、学光師の腹話術、勢朝師の南京玉すだれ等々、しかもかくし芸ではなくプロとして充分お金を稼げる芸だ。そこで、マジックの朝太郎師が顧問、お座敷芸の猿笑師が世話人、相撲甚句と河内音頭の私文福が代表幹事となり、5月に天神橋筋商店街の「天三おかげ館」にて旗揚げ公演をしたところ、昼夜共立ち見の出る大盛況。タイトルは「落語をやらない落語会」。ところが各地で「やりまんのか『落語のできない落語会』」んなあほな ! ! 皆、落語を愛してまっせ ! ! その証拠に、近い将来、古典落語の名人三代目春団治師匠に落語はやってもらわずに日本舞踊を舞ってもらいまっせ ! ! 次回は10月29日やでー。


編 集 後 記
暑中お見舞い申し上げます。前号の「五代目文枝思い出特集号」は多くの方々から「感動したよ」「思わず泣いてしもたよ」「改めて文枝師匠の人柄を感じました」等ありがたいお声を頂きました。さてこれからは、7月17、18日の高津宮の夏まつり、7月24、25日の天神まつり、9月3、4日の彦八まつりとにぎやかなお祭りが続きます。祭好きな師匠(おやじ)のいない夏です。けどお盆には毎年楽しく ♪えらいやっちゃえらいやっちゃヨイヨイヨイと踊っていた阿波おどりで極楽寄席の芸人仲間と盛り上がってるかも知れませんね。これからも五代目文枝一門、心を一つにしてがんぱって行きます。「いちもん新聞」もますます楽しくお読み頂けますよう扇子をペンにもちかえて一同はりきっています。よろしゅうたのんます。


「いちもん新聞より抜粋」