武蔵丸関、断髪式に万感迫る

秋場所の興奮さめやらない10月2日、私は花のお江戸は両国の、国技館の土俵に上がった。第67代横綱武蔵丸光洋関の引退相撲の断髪式で、光栄にも、ハサミを入れさせてもらうためだ。ハワイの先輩、大関小錦関、横綱曙関の時も出席し、その時の感動は、深く胸に、きざまれている。

紋付羽織ハカマの正装で、土俵下にすわり、順番を待つ間、いろいろ考えていた。もちろん主役の、名横綱武蔵丸関の現役時代の思い出、数々の大記録等、ふりかえっていたが、つい先日のこの土俵で、横綱朝青龍関の5連覇をはばみ、優勝した、大関魁皇関の事がさらに、気になった。千秋楽、優勝決定戦にもちこみ、初優勝をねらう栃乃洋関の夢をくだいたのは、36才(幕内最古参)の大ベテラン琴ノ若関。黄金の左上手投げでたおし、見事、敢闘賞を受賞。その時点で大関魁皇関の優勝が決まったが、まったく気をゆるめる事なく、結びの一番で横綱朝青龍関を堂々の「横綱相撲」で制して13個目の白星をあげた。これで来たる九州場所はご当地(福岡直方出身)で綱とり大フィーバーとなるだろう。

しかし、私はあえて言いたい!! あの朝青龍関をたおして優勝に花をそえた一番で、横綱昇進を決めてもおかしくないし、誰も文句は出ないと思う。一部の「相撲通」を名乗る人達以外は……。横綱審議委員のセンセイ方は、目先の数字(二場所連続、優勝もしくは、それに準ずる成績)にこだわりすぎ。広い視野で、その人の土俵人生を、見ていない!! なんといっても、魁皇関は、今回が5度目の優勝だ。それにこの1年間、2ケタ勝星をあげて安定感もあり、少々立ちおくれても、どんと受けとめ、右上手を取れば勝てる。まさに、横綱相撲。それに現在は、一人横綱、東西一つのワクがあいている。私は別に外国人横綱、和製横綱と区別する気はもうとうないが、充分受け入れ体制がととのっている。過去にも、北玉時代の玉乃島(後三代目玉の海)関や柏鵬時代の一方の雄、柏戸関が前出の内規を満たしていなかったが、横綱に栄進した。それは、将来への期待感と、本人のひたむきな人柄、世の中の相撲ファンを納得させる「華」があったからだ。まさに今の魁皇関にあてはまる。こんなことを書く私は横審を審議する男と自負している。どうかふるさとの土俵で、大願成就を祈りたい。体調をととのえて……。

さて、断髪式に話をもどそう。この日、午前11時頃、国技館へ行くと、本場所同様力士のぼりがはためき、黒山の人だかり。黒紋付の正装の武蔵丸親方が、大銀杏姿でファンに囲まれている。受付前には、一門の関取衆がズラリと並び、ニコニコ笑顔で出迎えてくれる。そしておどろいたのは、なんとロビーで元大関小錦関のタレント、KONISHIKIさんが、アロハ姿でバンド仲間と、にぎやかにライブをしてお客様を歓迎してくれている。これも、「ハワイの弟分」に対するやさしい友情だろう(引退相撲終了後のパーティーでも、楽しいライブショーでもりあげた)。引退相撲興業なので、各地の巡業と同じように相撲甚句、初切(しょっきり)、髪結い実演(モデルは弟弟子の出島関)、綱締め実演(もちろんご本人が最後の横綱を締める。普段は幕下以下の付人が締めるが、この日は現役の一門の関取衆が締める豪華版)。そして武蔵丸最後の土俵入(大刀持、大関武双山関、露払い関脇雅山関)。常に寝食を共にした弟弟子をしたがえての見事な雲龍型土俵入。「ごくろーさん!!」「日本一!!」「ありがとうムサシマルー」の大声援。そしてクライマックスの断髪式。

交友の広さから芸能人や著名人も多く、K1ファイターのレイセフォー選手、俳優の藤岡弘さん、哀川翔さん、小野ヤスシさん、タレントの林家ペー師匠は、きっちりカメラでパチリ。パーコ師匠も、土俵下からパチリ。はなわ君は土俵上で武蔵丸関の形態ものまね、チャーリー浜さんは、ハサミで自分の毛を切ろうとして笑わせた。しかし、私は、ただの相撲好きの男として、“まじめ”にハサミを入れさせてもらった。(夜のパーティーではきっちり、ナゾカケと河内音頭のさわりはやったけど……)出羽海一門親方代表として、北の湖理事長、一門の関取代表として大関武双山関、そして、武蔵川部屋の力士を代表して、和歌乃山関が、ハサミを入れた時、横綱の目からあつい涙がほほをつたった。武双山関、出島関、雅山関、垣添関、武雄山関、武州山関と多くの関取衆をかかえる名門部屋の師匠は、元57代横綱三重ノ海関。この関取衆の中で一番古い兄弟子が代表でハサミを入れたのだ。



「今から15年前、ハワイから来たフィヤマル・ベニタニ少年に、やさしくきびしく部屋の慣習、相撲の基本を教えてくれた兄弟子和歌乃山関」、NHKの刈屋アナの紹介に、私、紀州のおいやんは泣いた。「55場所連続勝ちこし、12回の優勝の鉄人横綱も、男のプライドをズタズタにされた事がありました…」。それはあの小泉首相が「感動した!!」と絶叫した大一番、ヒザの大ケガの貴乃花関との決定戦。もし、さらにケガが悪化すれば、この先の人生までもと、思ったやさしい男は、および腰で相撲をとりやぶれた。「あの時、それでも勝負師かとのひなんもあびましたが、一言も言い訳をせず、ただひたすらライバルの復活を待ち、1年半後(ここで当時の中継を生でやり)見事、相星決戦を制して優勝し、男のプライドをとりもどした!!」
この名調子にさらに泣いたな〜。


「神戸月刊センターより抜粋」