文福一座旅日記

11月は文化月問なので、私の主宰する「ふるさと寄席」や「人権ふれあい噺」の講演会等が多いです。しかし、11月1日から10日までのこの10日問、私は実にタフで精力的であると感じ、思わずご先祖さまに感謝しました。

11月1目、「わいんエコフェスタ2003」といっても、ワインを飲むイベントではありません。和歌山印刷所の事をちぢめて「わいん」。地域のコミュニケーションをはかり、環境問題に取り組むすばらしい印刷会杜で、昨年は私が元、印刷製本工という事で、世界初の印刷工場の中での落語会をやらせて頂き、今年は1枚の紙に心をこめての絵手紙教室を開催。私と腹話術師の干田やすし君とで、もりあげました後、和歌山から湾岸線を走り、神戸をぬけて明石海峡大橋を渡り、四国は愛媛の別子山へ。中冨マネージャーの安全運転で・・・かつて栄えた別子銅山のルーツ、別子山村が今年の4月、新居浜市と合併しての記念イベント「別子寄席」。筏津山荘で、おいしい、しし鍋を頂く。文福は、まんぷく!!

11月2日、桂勢朝君、桂三象君(山を超えたとなりの高知出身)特別ゲストの横山ホットブラザーズのお師匠さん達のの大熱演で「別子小、中学校」体育館での「別子寄席」のお客さまの笑い声が紅葉のきれいな山合いの村にこだました。その後、弟子のまめだ君と滋賀の栗東インターで降り、近江希望が丘ユースホステルに泊まる。

11月3日、日本吃音臨床研究会の皆さんによる吃音ショートコースの最終日。この3日間、全国から集まった吃音者の方達の研修会。伊藤伸二会長の「吃音で悩むより、うまく、どもりとつきあおう、心をこめて自分のぺースで、話そうよ」の説得力のある講義。お人柄と、情熱で、参加者の皆さんも、明るく楽しい勉強会。アメリカの文化人類学者レイノルズ博士の「建設的な生き方を学ぷ」というテーマにそったお話も聞かせて頂き、その後、吃音を克服?したかどうかは分からないが、一応「建設的な生き方」の実践者として、私が落語と講演、そして伊藤会長さんとの対談で、もりあげ、同じ「仲間」としての友情が芽生えた。

11月4日、北の大地に、上方落語の笑いの種をまいた開拓者、北海道在住の弟弟子、技光君の招きで、江別市のえぽあホールヘ。飛行機を降りると、気温は8度。会館近くのJR大麻(おおあさ)駅前のスーパーで、ジャンパーを買う。ゲストのいくよくるよさんと、久しぶりの共演。北海道料理のとりしょうさんでの打ちあげの席で、寄席の世話人集「えべつ笑の会」の皆さん達に、河内音頭やなぞかけの大サーピス。いくよ姉さんの「吉本はおしい芸人失のうたなー」のお言葉に感動。ウルウル・・・

11月6目、気温30度を超えるシンガポールの土をふむ。シンガポール在住の落語家、世界の文化交流史に選ばれた我らが笑福亭鶴笑君ひき入る、鶴笑コメディーワークスのみんなのお世話にて、今春「日本アセアンしあわせ音頭」のレコーディングのため、初めて訪れたシンガポールの人達との、又・又うれしい再会。

日本人会館においてオープンハウス(シンガポールでお暮らしの日本人ご家族の文化祭のような催し)での「文福一座ふるさ寄席、シンガポール公演」。鶴笑君、千田やすし君らと、結成した「アセアンわらわせ隊」の隊長として、落語、河内音頭等、大熱演。前回は、サーズ騒ぎで大変でしたが、今回は子供さん達も、チャリティーバザーや露店の前で、大はしゃぎ。すでに今年の夏まつり等で、私のCDにあわせて、たくさんの方が踊って下さっている「日本アセアンしあわせ音頭」を生で唄って、日本人会の皆さんに踊ってもらい大感激。レコーディングの時、気さくに「ヨイショ、ヨイショ」とかけ声をかけて下さった槇田駐シンガポール大使らと共にお招き頂いた、日本人会杉野事務局長さん宅でのバーベキューパーティーも楽しかった。

そして何よりうれしかったのは、シンガプーラー駅からマレー鉄道で、マレーシアへ渡った事。鉄道大好き人間としては胸ワクワク。発車時刻を45分すぎても誰も文旬もいわずのーんびり。駅員さんのおわびの放送も何もなくごく自然にガタンゴトン。まさにテレピの「世界の車窓から」車内で現地の乗客と友好を深め、CDのプレゼント。帰りは、マレーシアのジョホールからシンガポールの両国に渡る橋、コーズウェイを歩いて国境を超えた。右足はマレーシ了、左足はシンガポール。改めて平和を祈る。月は満月。
♪あなたにも、私にも、一つ空で輝く、星に祈る月に願う、アセアンしあわせ音頭〜 思わず唄が出た。


「神戸月刊センターより抜粋」