| 智乃花関、大至関、それぞれの門出 |
| ●一年納めの九州場所、初日に、この原稿を書いておりますが、あー又、ショック!! 先場所、感動の復活をとげました、横綱貴乃花関が、やはり古キズのヒザの悪化で無念の休場・・・・・・。又、不屈の闘志で盛り返して欲しいものですが、横綱武蔵丸関や、五大関、特に、ご当所の魁皇関、千代大海関には、大いに場所を盛り上げて欲しいと思います。 ●ここで、地域限定ネタを・・・。 角界では、太った力士をあんこ型、細い力士をソップ型といいますが、さて、大関魁皇関は、何型? 答えは「ノウガタ」。福岡県直方市出身、トホホー。 私も、九日目に九州場所に顔を出します(頼まれもせんのに…)。これで、今年も全六場所出席 あー良かった!! ●楽しみはいろいろありますが、阿武松親方(元、白いウルフとうたわれた、関脇益荒雄)が、ご当所ではりきっておりますが、弟子の古市関(大阪 交野市出身)が、小兵ながら十一場所ぶりに十両にカムバック(新十両時のしこ名は小緑)した姿、そして新十両の琉鵬関(沖縄出身、陸奥部屋)の化粧まわしと大銀杏の晴姿を、この目でじっくり焼きつけたいと思います。足かけ10年前、当時の立田川部屋へ入門し、春場所前の宿舎、2月の寒い朝、沖縄からやってきたばかりでブルブル震えながら初めてまわしを締めてもらっていた浦崎君(琉鵬)の姿を思い出しながら・・・。 |
| ●さて、先月号でお約束しました元小結智乃花関と、元幕内大至関の断髪式のもようをご報告させてもらいます。 ●私も今まで維新力関、板井関、北天佑関、栃乃和歌関、小錦関、曙関、水戸泉関等、まだまだ何人もの関取のマゲにハサミを入れさせてもらっていまして、来年5月の夏場所後には、寺尾関の引退相撲にも出席させて頂く予定でスケジュールを押さえておりますが、断髪式は、両国国技館で行われる事がほとんどですから、東京の芸人さんに比べれば大阪方は大変でっせ!! ●そのてん、今回は秋場所後の9月28日(智乃花関)29日(大至関)と二日続いておりましたので、交通費が助かった(せこいな〜)。 まずは智乃花関。「センセイ」の愛称で親しまれ、技能相撲で鳴らしました。 ●日大相撲部の主将の時稽古をつけた、後輩の舞の海関の活躍に刺激され、なんと27才の高齢で、しかも妻子があり安定した高校教師の職を捨てての決断に多くの方々が驚き、感動したものです。私は、27才の新弟子が、稽古後に竹ぼうきで土俵の掃除をしていた成松さんに声をかけ、11年前のデビュー戦での勝ち名乗りを見届け、花道の奥で最初に握手をしてもらいました(わしゃミーハーじゃ)。 ●彼は山口県長門市の大津高校で、先生をしていましたが、この高校の前身の大津高等女学校から、来年生誕100年を迎える童謡詩人「〜みんなちがって みんないい」と今でも心に癒しをあたえて下さる金子みすゞさんが出ていて、以前、立浪部屋の稽古場の隅で智乃花関と「みすゞ」の話をした事がありました。汗まみれの関取と、パンチパーマのいかつい落語のおっさんが語る「みすゞ論」、はたから見たらおかしかったやろなー。 |
![]() 智乃花関の最後の大銀杏姿 ![]() 断髪式を終え挨拶する智乃花親方 ![]() 貴乃花関の横綱土俵入 土俵だまりの親方は誰? |
| ●さて、多くの方がハサミを入れましたが、関取のご子息、中学1年生の将寿君が土俵に上がった時、「お父さんが大相撲へ入門した時、まさとし君は、まだ3才でした」この場内放送にグッときて、大きな拍手がわきました。 ●翌日の大至関の断髪式は、ひときわ明るく楽しくほのぼのと大サービスの内容でした。 相撲甚句の名人である大至関は、おなじみの「七転八起」のダルマの図柄の化粧まわしで土俵に上がり、幼児の大祐君、赤ん坊の大希君にも同じ化粧まわしを締めさせて、親子で相撲甚句を披露。さらに紋付姿でご自分が作詞をされた「御礼甚句」を朗々と唄い上げ、さらに五木ひろしさんの「山河」を土俵中央で高だかと唄った美声に、満員の館内も、うっとり聞きほれました。茨城の日立から駆けつけた、そっくりのお父さんが、ハサミを入れられた時は、涙がこみ上げました。 ●東京の落語界からも柳家権太楼師、春風亭正朝師等が出席され、大阪からは私の同期の笑福亭鶴瓶師が土俵に上がると、ウオーパチパチ、歌舞伎界から中村橋之助丈、キャーパチパチ、桂文福師匠、シ〜ン。トホホ〜。 ●引出物に頂いた大至関のCD「甚句革命」これが又、最高。ヒット曲の「青春時代」を甚句で唄ったり、お母さんとの親子デュエット甚句(小さい頃から子守唄がわりに相撲甚句を唄ってくれたお母さんも又、うまい!!)ぜひお聞き頂きたい!! 両関取(現在は親方)の新しい門出に幸多かれと祈りながら、さわやかな初秋の風をうけながら、国技館を後にしました。 月刊センター12月号より抜粋 |